アスベルをもし色で例えるのだとするならば、白色であると俺は思う。
純真無垢。鈍感。天然。真面目なくせにそれでいてどこか抜けている、育ちの良い良家の御坊っちゃま。そんな育ちのよさからかどうなのか俺には知るよしもないのであるが、親によって汚いところや汚れている部分を見せられることなく純粋に育ち、肉親だけではなく、幼馴染みや町の人たちからも好かれるような、そんな絵本にでも登場しそうほど優しく魅力的な人物。誰にでも分け隔てなく接し、愛情を注いで見せる、アスベル・ラントとはそんな人物だった。
(ふざけるな)
初めてラントを訪れ、領主であるアスベルとの会合を果たしたときに持った感想はこれであった。フレンの手伝いで嫌々行かされた場所ラントでは、領民は口を開けば領主様領主様領主様………まるでアスベル無しでは生きてはいけないかのように話して見せるのだ。ただの一領主であるにも関わらず、だ。
(ふざけるな)
貴族のくせに、町の人から好かれている?貴族のくせに、誰からも頼りにされている?貴族のくせに、誰からも愛されることが出来る?ザーフィアスではあれだけ俺の家族同然である下町の連中のことを蔑んでいた……あのお貴族様と同類のこいつが?………おかしいだろ。どうしてすむ場所が違うというだけでここまで俺たちが不当な目に遭わなくてはならない!!そんなのあまりに……悲しすぎる
「……ユーリ、さん?」
「……なんでもねぇよ」
アスベルの透き通るようなその声も、 今は苛つかせる材料にしかならなくて。少し語気を強めて返せば、そうですか……と少し落ち込んだ表情を俺に見せてきた。そんなアスベルに俺は……ほんの僅かに気分が高揚したことを覚えている。真っ白な、誰にも犯されることのない白色が、翳った瞬間のこと。俺は確かにこいつに……アスベルに興奮したのだ。誰でもない、このお貴族様にだ。誰からも愛されることが出来る優しい優しい領主様。そんな領主様を俺は……
(白が……眩しすぎた)
アスベルをもし色で例えるのだとするならば白色だと俺は思う。よく黒色を形容される、俺とは違う。アスベルは、俺とは対極に位置するであろうほどに白く、純粋であった。純粋すぎる白色は、暗い生き方しか知らない黒色にはあまりにも眩しすぎた。汚れも穢れも知らない、あまりに綺麗すぎるその色………途端に汚してみたくなった。
「……ユーリさんどうか、しましたか」
アスベルは一度会釈をすると、そのまま白色の上着を翻し、立ち去ろうとした。だけれどそれはアスベルの左腕を握り締めた俺によって遮られ、叶うことはなかった。その瞬間のアスベルの表情は面白いぐらいに狼狽えていて、その表情に俺はとても満たされた。綺麗な顔が歪む瞬間を、もっと見たいと何となく思った。
「アスベル」
アスベルの名前を耳元で囁いた。びくん、と身体を揺らすこいつがとても愉快でとても可哀想だった。可哀想で、可愛そうで。誰からも愛されることが出来る領主様は今日で終わりだ。だって白色は、どの色にもなることができる儚い色なのだ。可哀想に。白色は黒色に捕まってしまった。逃げ道など用意はしない。してあげない。愉しくなってきたじゃないか、と一人笑った。
「ゆ……ユーリさ……………?」
完全に困惑しきっているアスベルを尻目に俺はひとまず本人の意見も聞いてみることにした。
「お前は何色が好きなんだ?」